8/26 主日礼拝「神が与えられた約束」

聖書箇所 創世記 2:16,17

神である主は人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。しかし、善悪の知識の木から取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」

 

 神様が、自ら創造された人間に委ねられたことがあります。それは神様を礼拝することでありこの世界を治め、家庭を通して社会を構成することです。また神様は、これら委ねられたことを果たすために、人間を自由意思を持ったものとして創造されたのです。こうして与えられた自由意思によって神様に従うことも、神様に逆らうことも出来るものとなりました。しかし人間は、自分の自由意思による選択と行動に対しては、責任を問われるのです。この聖書箇所で神様が、アダムに自由意思を与え、自由意思による選択を容認されたことが分かります。しかしアダムは自由意思によって神様からの約束を破り、取って食べてはならないと命じられた木から、取って食べるという罪を犯したのです。ですから人は、神様から与えられた自由意思をどのように用いるのかが大切なのです。