'23/10/29 主日礼拝「キリストのあがない」

聖書箇所 ローマ 6:6,7

私たちは知っています。私たちの古い人がキリストとともに十字架につけられたのは、罪のからだが滅ぼされて、私たちがもはや罪の奴隷でなくなるためです。

 

 教会で良く使われることばに「あがない」があります。あがないとは、主キリスト様の十字架です。神様の側から言うなら、主キリスト様が十字架によって救いを成し遂げたことであり、私たちの側からいうなら、主キリストの十字架によって罪の奴隷から開放されたことなのです。ですからあがないによって、律法と行いからあがなわれ、また主キリスト様が、あがないによって、全ての罪、過ちを許されたのです。このような大きな恵を受けた者として、主のために生きる者でありましょう。